8.22.2010

8.22.10 SKY WALK

SKY WALKというのは、横浜ベイブリッジの大黒ふ頭側の橋脚部分に設けられた展望台のこと。

http://www.skywalk.city.yokohama.jp/


横浜ベイブリッジスカイウォークは、 自動車専用道路に併設された日本ではじめての歩行者専用道路で、 1989年(平成元年)に開通しました。(スカイウォークホームページより)

 と誇らしげに書かれているが、今年の9月26日をもって営業を休止することになっている。
今日は営業休止前にそのSKY WALKに行ってみた。


これがSKY WALK。左手の高架橋がベイブリッジで、右側の建物内のシースルーエレベータで橋の高さまで上ることができる。


展望台までの通路。ベイブリッジの自動車専用道路(国道357号線)に平行して設置されている。下から見たときはかなり怖そうな印象を受けたが、実際に通路に立ってみると以外と平気。揺れもなく広々としているせいだろうか。


通路から横浜港を臨む。ちょうど客船ふじ丸が入港するところだった。
実はふじ丸の入港に合わせてSKY WALKを訪れるつもりが、遅れてしまったのだ。展望台にたどり着く前にふじ丸はベイブリッジを通過してしまった。


展望台から横浜港〜山下ふ頭方面を臨む。ふじ丸はすでに大さん橋の目の前に。


展望台の中の様子はこんな感じ。お世辞にも繁盛しているとは言い難い。一足先に閉店してしまった売店が寂しさを強調している。


SKY WALKよりも周りの突堤や堤防の方が、釣り人であふれかえっている。新山下あたりに渡し船があるのだ。


SKY WALKを後にして外に出ると併設の公園がある。しかしここもうら寂しいばかり。「つり禁止」の看板もむなしく、たくさんの釣り人がベイブリッジの橋脚の深みに向かって竿を投げていた。

7.19.2010

7.19.10 国道駅


 国道駅はJR鶴見線にある駅で、第一京浜国道こと国道15号線沿いにあることから名付けられた。昭和の面影を色濃く残すことで有名で、第二次大戦時の米軍機による機銃掃射の痕も残っている。


駅は高架下にあるが、高架下にあるのは駅の施設だけではなく、小さな店舗や住居もあるようだ。高架下の通路はレトロ感のあるアーチ状の天井がかなり高く、2階の高さには窓もある。駅の施設では2階部分は階段で通り過ぎるだけの空間しかないから、ここも住居として活用されているようだ。ただ全体的に傷みははげしいようで、空き家になったところはベニヤ板が打ち付けられて再使用はされていない。


外は快晴なのに、暗くところどころが濡れた通路を奥の方へと歩いていくと、アンモニア臭が漂う。
通路は隣の道路まで続いていて、その先は程なく鶴見川の堤防に行き当たる。しかしその堤防までの30メートルほどの間も、高架下は住居となっていた。引き戸の奥にちらちらと年配の男性らしい影が動いているのが見えた。


鶴見川の堤防まで高架沿いを歩いて行き、堤防の上に立つ。鶴見川にはたくさんの漁船が係留されていた。

7.17.2010

7.17.10 旧警友病院別館(旧露亜銀行横浜支店)


本町通りを大さん橋通りから中華街方向に1ブロック行ったところに遺されているのが、旧警友病院別館である。もともとは1921年頃に露亜銀行横浜支店として建てられた建物で、その後、ドイツ領事館、横浜入国管理事務所として使用された後、警友病院の別館となったが1996年に警友病院がみなとみらいに移転してからは閉鎖されて放置されてきた。
ところが今日通りかかったら、あちこちの窓が開け放たれている!

窓から見える範囲で内部の様子も見える。

相当天井が高い様子。見える範囲では内部はドーリア式の円柱などの装飾が施されているようだが、崩落が激しそう。
近くにいた工事の警備員のおじさんに尋ねてみたところ、約1年半かけて建物を修復して結婚式場としてリニューアルするそうである。

7.15.2010

7.15.10 子安浜から瑞穂ふ頭


京急線子安駅の海側、国道15号を越えた辺りの入江川という川沿いには、昔ながらの漁村の風情が残る町並みが広がる。特に入江川に面した敷地にはぎっしりと小さな小屋が並ぶ。どう見ても建築の法律に合致しているとは思えないし、地震がくれば崩壊しそうである。また小屋の前の入江川には、これまたぎっしりと漁船や屋形船などが並んでいる。整然と並ぶ様子は見事であるが、これも違法係留だ。橋の欄干には、「この辺りでの係留は違法であるからすみやかに移動しなさい」と書かれた看板があったが、ずっと以前から、ひょっとすると横浜が開港する以前からこうだったのではないかとさえ思われてくる。

  入江川沿いを西の方に歩いていくと、漁村風情はだんだんとなくなり町工場や倉庫が増えてくる。やがて、村雨橋という比較的大きな橋が入江川に架かるところに出る。ここで左に折れて橋を渡ると右手に古い倉庫群が立ち並ぶ。昭和27年から28年にかけて建てられた倉庫のディティールはレトロ感たっぷりだが、いまだ現役のようだ。


倉庫横の運河には最近ではあまり使われなくなった台船(ダルマ船)が係留されている。


倉庫を背にして南側に目をやると、瑞穂ふ頭が見える。瑞穂ふ頭は現在もアメリカ軍が駐留しており、一般人は立ち入ることができない。瑞穂ふ頭の岸壁には揚陸船艇や巡視艇などが係留されているのも見える。瑞穂ふ頭に渡る橋の手前には、有名なSTAR DUSTとPOLESTARというバーがある。

7.08.2010

7.8.10 本牧山頂公園


本牧山頂公園は本牧通りの北側に広がる山の上に造られた公園です。17ヘクタールの敷地に休憩所や展望台などの他、市内中心部の公園には珍しくキャンプスペースがあります。キャンプできる日が限られていたり、一日5組までしか受け付けていないなど制約はありますが、バーベキューの道具やタープまで貸し出しがあったりとなかなか設備が整っています。

手入れの行き届いた芝生のスペースがたくさんあり、散歩だけでもゆったりくつろげます。


休憩所の屋上が展望スペースになっていて、本牧ふ頭方向には海が望めます。夕方は風もあり、夕涼みにはもってこいでした。

6.05.2010

6.5.10 打越


日ノ出町や伊勢佐木町から根岸方面へと向かって横浜根岸通りを行くと打越の切り通しを通る。この切り通しの頂上付近に架かるのが打越橋というアーチ橋だ。人工的に造られた切り通しの左右の丘を結ぶために昭和2年に架けられたものである。

また切り通しのそばには打越霊泉という湧き水がある。横にある石碑には

霊泉の由来
この霊泉は安政年間横浜開港時出入船舶に給水したものでその後大正十二年九月一日の関東大震災及び昭和二十年五月二十九日の大空襲の際この霊泉により数万市民の生命が救済された貴重なものである。
昭和四十八年二月二十五日
打越町内会長 山本平治

と書かれている。現在も水はこんこんと湧き出ているが、水質が良くないため、飲用は避けることと注意書きがされている。

5.09.2010

5.9.10 日ノ出町の“竜宮”

以前の記事で写真を掲載した日ノ出町の路地裏にある怪しい建物。

http://hama-sanpo.blogspot.com/2009/08/8909.html

黄金町のオープンスタジオで、この建物に潜入するツアーが開催されました。
まずはご開帳。



外観は怪しさ満点でしたが、中も怪しさ満点。



しかし元々の造りは、やはり黄金町に現存する旅館「山城屋旅館」と同じような感じだったようです。

山城屋旅館のようす→
http://hama-sanpo.blogspot.com/2009/09/92609.html


手は込んでいるが微妙な装飾。


そして浴室も。



今後黄金町エリアマネジメントセンターが9月までにこの建物を改修するそうです。